沿革 1970 ― 1979

Amer Sports Corporation

1970年代初頭、フィンランドの製紙・加工会社であるHyppola社を経営統合し製紙事業部を設立、米国の製紙会社Hobart Mc/Intoshも統合し、オランダとベルギーに事業を拡大しました。また、同時期に、フィンランドの百科事典や教科書の出版大手であるWeilin+Goosを統合し、出版・印刷事業に本格的に参入。パーソナル・プランニング・システムの製作やマーケティングで世界的に知られるTime/system International A/Sの経営統合にも成功しました。

スポーツ関連事業にも進出し、まず、アイスホッケーのスティックや防具のメーカーであるKoho-Tuote Oyとその販売代理店であるKoho Sporting Goods Corporation、次いで、アイスホッケー用防具メーカーSherbrookeのスポーツ事業部、スティックメーカーLes Industries du HockeyCanadien Inc.を経営統合し事業を拡大しました。

一大コングリマリットに成長したアメアは、社名をアメア グループ リミテッド(Amer Group Ltd: Amer-yhtyma Oy)に変更、1977年、ヘルシンキ証券取引所に上場しました。

Amer Sports Japan

1973年、事業の拡大と経営の安定に向けペプシコ社(Pepsico Inc.)との提携を決定し、ウイルソンスポーツ用品の国内販売代理店権を持っていたパシフィック・オーバーシーズ社と米国ウイルソン社の経営母体であるソフト・ドリンク等で有名な一大コングリマットであるペプシコ社との50:50の合弁会社として「ウイルソンスポーツ株式会社」を設立。事業部制を導入し、「ゴルフ」「ラケット・スポーツ」「チーム・スポーツ」部門に分轄し組織形態を変更し、事業の効率化に成功しました。同年、日本にも販売支社「ウイルソンスポーツ株式会社日本支社」が設立され、ウイルソンブランドのゴルフ用品の販売を開始しました。

その後、ゴルフ用品で順調にシェアを延ばしていた日本支社は、1979年、国内の新たなパートナーとして世界的な家電メーカー、ソニー株式会社とペプシコ社の合弁会社を設立、「ソニーウイルソン株式会社」と社名を変更しました。